炎症・自然免疫シグナルの二面性を解読し、白血病の個別化治療へ
自然免疫は、細菌やウイルスなどの病原体、あるいは異常をきたした自己由来分子を検知し、炎症反応を介して排除する生体防御機構です。トル様受容体(TLR)を代表とする受容体がこれらの分子を認識すると、細胞内シグナル経路が活性化し、免疫応答が誘導されます。
TRAF6はこの自然免疫シグナルの中核分子として知られ、自己のユビキチン化を介してシグナル伝達を増幅します。私たちはこれまで、TRAF6が白血病の病態形成に深く関与することを明らかにしてきました。一方で、その役割は単純な「炎症シグナルの過剰/不足」だけでは説明できず、むしろ複雑な制御原理が存在することが見えてきました。
特に重要なのは、白血病に関わる遺伝子変異の種類や、白血病発症の前後といった病期によって、TRAF6が白血病を促進する方向にも、抑制する方向にも働き得る点です(図)。私たちはこの「状況依存的な二面性」に着目し、多様なシグナル経路や細胞内プロセスとの接点を丁寧に解析しています。最終的には、得られた知見を統合することで、患者さんごとの病態に応じた治療選択(層別化医療)へとつなげることを目指しています。
図: TRAF6はがん遺伝子MYCをユビキチン化することでMYCの活性を減弱させ腫瘍抑制的に関与する(Muto et al. Cell Stem Cell 2022)。また、TRAF6は代謝を制御することで分裂が盛んな白血病細胞へのエネルギー供給に寄与している(Matsui et al. Leukemia 2024)。
「増殖力の弱い細胞」がなぜ増えるのか―MDS病態の鍵となる炎症を解読する
骨髄異形成症候群(MDS)は、血球減少と白血病への移行を特徴とする、高齢者に多い造血器腫瘍です。MDS患者さんの血液細胞はしばしば「不良品」に例えられ、機能が十分でないだけでなく、増殖力も弱いことが多いと考えられています。さらに、骨髄内で成熟の過程にある細胞が壊れてしまう「無効造血」が起こるため、結果として血球減少をきたします。
ここで一つの疑問が生じます。増殖力が弱いはずのMDS細胞が、なぜ骨髄内でクローン性に増え続けられるのでしょうか。
私たちはこの問いに対し、MDS細胞が炎症性物質に富んだ骨髄環境に置かれている点に着目し、その増殖機序の解明に取り組んできました(図)。実際、MDSでしばしば認められるスプライシング因子変異やエピゲノム制御遺伝子変異も、炎症応答の破綻と関連することが示されており、MDS病態における炎症の役割をより精密に理解する必要があります。
MDSは多様な病態を含む不均一な疾患群であり、細胞増殖のメカニズムも一様ではないと考えられます。私たちは、個々の分子機序を丁寧に解き明かすと同時に、できるだけ幅広いMDSを説明できる「病態原理」を抽出することで、多くの患者さんに適用可能な新規治療開発につなげることを目指しています。
図:MDS細胞内のTRAF6を介した自然免疫シグナル活性化と細胞外の炎症シグナルが協調的に関与することでA20を介したnon-canonical NF-κB経路活性化が誘導され、MDS細胞の増殖が可能となる (図上、Muto et al. Nat Immunol 2020)。MDSで15%程度の頻度で認められる5番染色体長腕欠損(del(5q)) の共通欠失領域には、自然免疫関連遺伝子TRAF6やIRAK1を負に制御しているTIFAB とmiR-146aが含まれる。炎症を介したTP53発現亢進がTP53機能喪失型変異誘導や既存のTP53変異クローン拡大への選択圧として作用し、MDS細胞の増殖に寄与している(図下、Muto et al. Haematologica 2023)
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